Aさんからの質問
いつもお世話になっております。
先生、症状はだいぶ軽減されたと思います…
不安、恐怖がないと探してしまうクセがあり、何かに集中すると忘れているような、自分でも良くわかりません。
ここからどう自分に対応していくのか?
気分切り替えて動いていいのでしょうか?
動くと、また神様のお試しが来るのでは? と臆病の自分もいれば、来ても大丈夫!って気持ちもあります!
あっちに行きそうな自分、こっちに行きそうな自分、不安定であります。
また、神様のお試しの後は、まだまだキツイですね。
先週、子どもの部活の送別会へ参加し、行くまではとても不安でしたが、波と対話しながら久しぶりに楽しめた3時間でした。
まだまだ、浮き沈みが激しいですね!こんなもんでしょうか? いろいろ体験した後なので少し臆病になりがちです。
先生、ここからは気持ちの持ちようも関わりますか?
回答
あなたは、こんなに頑張っているのに、こんなに理解できてきているのに、言われた通りにやった結果が、こんな結果ほどにしかならない…ということに、とらわれているのです。
まだまだ変わらない…という言葉。
自分に言い聞かせてませんか?
「まだまだ」と連呼しないで、せいぜい「まだ」ぐらいにしておきましょうよ。
回復の過程は日ごと事に、右肩上がりで回復していくことは、病気の性質上ありません。
「いったい、いつになったら…」
とボヤいてしまうことは仕方がないにしても、それにとらわれないで下さいね。
あなたに限らず、みなさん自分の調子を毎日のように確認する事が、癖になっています。
この毎日の思考へのとらわれが、神経の過敏さを助長することになるのです。
不安定さを嫌わないで下さい。
不安定がむしろ自然です。
不安定さを好きになる事はできないにしても、不安定を安定にさせようと躍起にならず、不安定なまま、目の前のやるべき事をやっていく。
「あるがまま」です。
浮き沈みの激しさに、動揺されるのは無理ありません。
私たちは、そんな浮き沈みの激しい波を乗りこなす方法を、いま身に付けようとしているのです。
臆病なら臆病を否定せず、その臆病さを抱えたまま。
あちこちに流れていく、ブレていく自分も、今のあるがままの私です。
今すぐに、その場でそのような自分が変化する魔法はありません。
そのような状態をあるがままに受け容れ、浮かんで通り、時間の経過に任せるとき、気付けば、そのような不安定さ、変化への恐れに対しても、大きく心を反応させずにいられている自分に気付きますよ。
あなたはできているんです。
しかしまだ完全ではない。
でも不完全なところばかりを監視しては、そこにエネルギーを消費して疲れているのです。
「できているけど、まだこうだよね」と自分を裁いているのです。
そうではなくて…
「こうだけど、これはできているよね」とたまには、自分のできているところも褒めてあげて下さいね。
そうすれば、気持ちの持ちようも変わってくるでしょう。