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Q81:不意打ちからのパニック発作が終息するまでに心がけること

あーちゃんからの質問

2月24日記事、Q29頑張ることが、誰かのための義務となってはいないか?で質問させていただきました。確かに、独身時代と、結婚後 特に子供が生まれてからの環境は全く違い、責任もまた全く違います。

やはり自分のペースというのはとても難しい事なので…うまく力を抜けません。なので大波からのとらわれの波は大なり小なりまだ継続中です。

子供を送る、車で数分の距離。
2月の送る途中での発作、先生方に背中をさすっていただき、園で頓服を飲む経験をしてから、さらに、少し前まで何も考えず平気に行けていた道のりが今では、朝から最大の緊張と不安、恐怖、窒息感で、どうしよう、子供を送っていけない、でも私しかいないよ!と焦る始末。

朝の辛さは家事をして行動してるうちに消える経験は何度もしていたのですが、さあ送る!となるともうやばいです。今はもう、今まで長いこと頼らなかった、頓服に素直に頼っています。

今まで飲まなくて実況中継して行けてたのに。頓服なんて対処療法だ。情けない。と、反発するのは、少しだけ和らいだように思います。

でも正直、飲んだ後に、「あー、またか、半錠にしとけば良かったなぁ」とか思ったりもしちゃいます(汗)

通院はしていませんが、薬剤師さんがとても良い人で、頓服の薬について詳しく、私が恐れている、依存性の問題も詳しく教えてくださいました。

私のような飲み方では依存性はほぼ無いこと、上手に頼ればいいんですよととても安心しました。ただ、送りは毎日のことなので、毎日飲むのは私の中ではやはり許せないのです。

症状をどうにかしようとしていること。何もしないと決めてもいざとなると、条件反射のように反応して、症状を強く監視していること。

全て気付いているし、理解もしています。実況は焦りながらやっても意味をなくしてしまうと教えていただいたので、数回にしています。

過去は今ではないし、未来も今ではない。ただ、それを経験しているだけ。それも言い聞かせているのですが、やはり、来たら駄目で、何回経験しても学習してくれません。

今では来ちゃうと一瞬でひどくなり、それでも症状に身を委ねながら、今やるべきことに戻るのですが、一瞬で引き戻され、叫びたいような、狂いそうにな感じになります。

これってどんな方でもそうですよね?

こんな強烈な症状出たら誰だって平常心じゃいられませんよね?

何をやろうが駄目で。でもうろうろ歩いたり、外の空気吸ったりすると少し安心するからしちゃう。今まで長いこと薬に頼らなかった自分が嘘のようで。

頓服ないとしてこの強烈な症状を受け入れてみようとやってみたのですが、あの何とも言えない恐怖にもっていかれる感じがとても怖く、頓服!となってしまいます。窒息する感じも怖いです。

その先を見る余裕が今では0です。
頓服なかったら発狂しているんじゃないかと怖くなります。またアドバイスよろしくお願いします(><)


回答


あなたは私から学んだ事を、ちゃんと実践しています。しかしながら「受け容れる」ということについては、まだ理解不十分なところがあるように思います。

今回のことから、「自分はダメなんだ」という思いを受け容れていくことが、今回の出来事をギフトにするか否かを左右するでしょう。

受け容れるのは自分の症状だけではないのです。
自分自身の在り方そのものです。

今回のように結果が伴っていない、いや伴ってきていたものが、保育園での不意の出来事によって、立ちいかなくなってしまいました。

密かに怖れていた薬に頼るということも含めて、シナリオが乱れたこと、自分の出来ていたことが失われていく様相に怖れをなしている状態かと思います。

あなたの書かれた内容は、私を含め、誰もが体験してしまう出来事でもあります。長い回復までの期間、思わぬことが起き、順調だった回復が閉ざされる気持ちになる時があります。 

そんな時、あなたのように「わかっているのに、やってしまう」ことは当然なのです。そんな時は自分の不甲斐なさを嘆き、無力感にとらわれていく事になります。平常心でいられなくなるのも当然です。

今の状態は、やはり頓服に力を借りてもらう事は必要な時です。我慢して何とかやり過ごすのは、かなりのエネルギーを使います。

心身共に疲れ切ってからでは、再起するエネルギーを取り戻すにはかなりの時間がかかります。あなたに必要なのは、心身の疲労を最小限にするために頓服に力を借りて、その中で生まれてくる若干の心の余裕から、パニック発作症状への理解、自分のあり方をゆっくり見直していくことです。

受け容れようと必死にならないことです。受け容れられない自分を受け容れることが大事です。そしてそれが受け容れるということでもあります。 

今の自分を許せなくとも、そんな自分を受け容れていいのです。そんな日もあるのです。ここは辛抱強く待つこと。浮かんで通り時間の経過に任せ、その間の日常では出来る限りの事はやり、無理な時は、うまくいかない状態に、強い関心を持たずにそんな状態を受け容れていきましょう。

毎日が「今日の私はそんな日なのね」として下さい。そうして過ごすうちに、前のように自分を俯瞰して眺められるような余裕が出てまいります。

そうなった時、「ジタバタすることに必死になっているだけの自分」に少しの苦笑いをしながら気付けるようになるでしょう。