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Q119:混沌とした社会で生きていく上で、必須の「メタ認知能力」

みどりさんからの質問

 

 

先日カウンセリングありがとうございました。

あれから発作の恐怖が何回もきています。徐々にそこまで大きくならないときも増えてきました。

 

セドナメゾットが気になったので、おすすめの本を買ってみました。

 

私は「〜しなければいけない」が多くて、すべて手放せたら今よりラクに生きれる気がする!と思いましたが、読解力もあまりないので、とりあえずやってはみていますが、これで良いのか?と感じています。

 

カウンセリングのときに発作が来たときは何もしないとおっしゃっていましたが、発作が来たときや何となく不安がぐるぐる思考になったときなど、セドナメゾットをしても良いのでしょうか?

 

あと、発作の起きる感覚がとにかく怖くて、発作が起きても大丈夫と受け容れることができません。

 

ただひたすら怖いんだよね〜わかってるよ〜っていう感じに怖さを感じています。

これでも良いのでしょうか?

 

 

 

回答

 

 

 

ご質問のなかにある「セドナメソッド」についてですが、本の中身としては、非常に抽象的で分かりにくい部分があるのは事実です。

 

セドナメソッドに関しては、私のお話してきている「気付き」の手法の別法として、カウンセリングなどで、必要に応じて指導させていただいています。いずれブログ、YouTubeなどでもお話をしていきます。

 

見よう見まねで行っていただいても副作用のない方法ではありますが、実況中継法と同じで、その場で感情が消えるなどの方法ではありません。

 

また、やってはみたものの、変わらない場合の受け入れ方の原則等を理解していないと、セドナメソッドを症状をコントロールするためのものとして使うことになりかねません。とらわれの元となりますので、活用の際には、実況中継法での原則を復習した上で行ってくださいね。

 

発作の起きる感覚は誰もが怖く、誰もがコントロールしたく、そして受け入れ難いものです。そんな頭では分かっていても、心が素直に受け入れを肯定できない…そんな時にも、そんな自分を否定せず、そんな自分を受け入れましょう。そして、これが受け入れです。

 

みなさん、受け入れに対する理解を間違えている人が多いので、再度ここで言及しておきますが、受け入れとは、ポジティブにとらえる事ではありませんし、100パーセント肯定することではありません。

 

ネガティブな自分、100パーセントではない自分の気持ちなど、分かっていてもその通りにいかない状況、気持ちすらも、良いか悪いかのジャッジをしないで、「そんな自分の今である」ことを良しとすること。それが受け入れです。

 

「今のあるがままの自分」を状態を区別することなく、常に「そのままで良し」とすること。

今日の自分、今の自分を「今だけの視点」で受け取っておくことです。ここ重要な観点ですよ。この短い文を即理解しようとしないで、時間をかけて丁寧に探求してください。

 

どんな状況であろうと、戦わずに、それでも戦ってしまってもなお、そんな自分に気付き、そんな自分を良しとし、しばらくそんな自分を浮かんで通り、時間の経過に任せていきましょう。これはいつもお話していることです。

 

そうした試みを続けていくと、やがて不思議と予期不安やパニック発作症状があってもなお、それらと距離を置けている自分、客観視する力が身に付いてきます。これを「メタ認知」といいます。

 

このメタ認知能力、これからの混沌とした時代には、もっとも必須な能力です。心はさまざまな情報、他人の影響を受けます。それによって自分の何たるかを忘れ、外側の状況に常に振り回され、心は常に穏やかではいられなくなります。

 

現代社会でこれから生きていく上で、ますます、この「メタ認知能力」は必須となります。それはパニック障害を克服する過程でも養われていきますので、しっかり治していきましょうね。