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Q123:勉強に集中できなくなったときにも

イカさんからの質問


私は小さい頃より「パニック障害」と「嘔吐恐怖症」を患っており、最近では少しづつではありますが、パニック発作を受け流せるようになってきました。

これも富樫先生のカウンセリングやウィークス先生の本のお陰です。今度、カウンセリングもお願いしようと思いますので、その時はよろしくお願い致します。

今回の質問なのですが、私は今学生なので日々テキストを読み込んだりして勉強する日々を送っていて、最近何故かテキストや本の文字が全く頭に入らなくなってしまい、何度も何度も同じ所を読んでもすぐに忘れてしまいます。

読んでいる時に「目が先に行ってしまう」というか、とても表現しにくいのですが、とにかく文字を読むことが出来なくなってしまったのです。

今までは「頭が厚い布で包まれている感じがする」や「思考が遅くなる」という事はあり、これはパニック障害による「疲労」が原因だという事は理解しているのですが、今回は今までに経験した事のない症状なので、とても心配になり質問させて頂きました。

これも、パニック障害や嘔吐恐怖症による「疲労」から来ていて、少しの間勉強から距離を取って「浮かんで通る」生活を続けていれば、いずれはまた以前のように、テキストや本を読めるようになるのでしょうか?

あまりまとまっていない内容で申し訳ありませんが、本当に困っています、どうか先生のお答えをお聞きしたいです、よろしくお願い致します。


回答


誰もが、今までに経験したことのない症状を引き起こすと、戸惑ってしまうものです。

あれこれと原因を探したりする罠にハマります。原因を探すことで、安心を得るためです。しかしながら、その原因も根拠はなく、ただ考えられることの一つとしてカウントできていることが安心感に繋がっているだけだったりします。

時として起きることがある、経験したことのない症状については、あれこれと原因を特定することなく、「そんな出来事を体験している日」として受け取るにとどめることを心がけましょう。

この時、注意しておいてほしいのが、こうしたルールに基づき、それを守ろうとするがあまり、受け入れを100パーセント必死になって試みようとする人がいますが、100パーセントの受け入れは不可能であることを知っておいてください。

大切なのは、今の自分の在り方がどちらを向いているか。それに気付きをいれていくことです。

受け入れられていない自分、原因を探している自分、症状をコントロールしたがっている自分を、ジャッジせずに、ただ気付いていくことです。
  
「気付き」は受け入れでもあるのです。

今回のことが、神経疲労からくるものであるとするならば、そのような状態を意識したときは、さりげなく、それがあることを「こんにちは」として受け取り、勉強が思うように進まないことに、とらわれる事なく、淡々とその状態をあるがまま受け入れ、浮かんで通り、時間の経過に任せましょう。

毎日の勉強、仕事などの日常生活の中で、予期不安や発作症状に対するとらわれ、対処で、一日中、頭はフル回転しているのが私たちです。

自分にとって大事な事では、特に症状の有る無しが気になるものです。大事なことであれば、うまくやりたいという願いが、症状への監視活動に拍車をかけますから、神経は過敏になっています。

そんな中で、普通なら気付かなかったであろう、わずかな不調感すら過大に受け取りがちです。神経が疲れ、過敏な時には五感の感受性が高いものです。

その辺のところも、十分に理解していただき、しばらくは休息時間を少し増やしたり、勉強に集中する時間を分散したり、運動など気分転換なども良いでしょう。頭を使うことより、少し身体を休めることにも注意を払ってみるのも良し。

もちろん、これもあまり対処することに集中しすぎないように。症状をコントロールしようと必死になることは、かえって執着を生み出しかねません。

この辺の仕組み等は、ブログでも何度も説明してきましたから、理解はされているとは思いますが、今一度ブログを再読しておかれると良いでしょう。

しばらくは浮かんで通り、時間の経過に任せて、今のあるがままの状態で、以前の自分の出来具合いと比較せずに、「今日はそんな日」として勉強を淡々と進めていくことを大切にしてくださいね。